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岡林信康リサイタル 中野サンプラザ・1975 |
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▼ カスタマーレビュー・ピックアップ 大事にして持っていたいCD ★★★★★ ぼくもこのコンサートに行きました。入場前のロビーで、ぼくの側で雑談している人達が「美空ひばりも出てくるのでは・・」と話し合っていましたがそのとうりでした。終演後には黒い車で会場を去る美空ひばりに観客の女性数人が気付き「ひばりさぁーん」と手を振ると、美空ひばりは笑顔で手を振って答えていました。 美空ひばりが出ているからこのアルバムはいいと言うのではありません、出ていなくても思い出に残るコンサートでした。 例えば「越後獅子の唄」は聞いていて、当時ぼくは自分の将来に不安を感じていたこともあり、寂しいみなし子の踊り子を歌ったこの曲をあらためて「いい歌だなぁ・・」と、二階席に座っていたぼくは黒田征太郎の描いた障子のシルエット絵を見つつ聞いていたのが思い出深いです。岡林信康の歌もいい、自分のものにしているように思いました。 その他の曲を含めて、やっぱり買っておいて良かったと思いました。 フォークの神様の復活 ★★★★★ 30年以上も経って、このCDの存在を発見して感動しています。 当時、客席にいた者としてもぜひもう一度聞いてみたいCDです。 あのときの美空ひばりとのやり取りや会場の雰囲気を感じます。 岡林が田舎にこもってどう変わったか? 演歌を始めてどう変わったかを確認する1枚をぜひ。 岡林信康 with 美空ひばり ★★★★★ 「くそくらえ節、がいこつの唄」に始まる岡林の歌作りは、「友よ」に至り、歌がひとり歩きし、一躍、時代の寵児となった。これは岡林が望んだことでなく、されてしまったと言い換えた方が正しいだろう。時代をとらえ、時代にマッチした歌作りをしたという点で、60年代末から70年代初期にかけて、岡林の右に出る者はいなかった。 岡林は若者たちの代弁者として、御輿に祭り上げられ、若者たちから過度な期待を受ける。それに嫌気がさし、身の危険を感じた岡林はフォーク界の神様を捨て、学生運動や歌の世界から隔絶した田舎へ隠棲する。 称号などにまったく固執せず、そんな呼び名自体も岡林にとっては余計な荷物でしかなかったに違いない。 岡林はそうした荷物を置き去りに、田舎で家を借り、稲作や畑仕事に精を出す日々を送る。 過疎の村で暮らし、正常さを取り戻しつつあった岡林は演歌を作る。それが美空ひばりの目にとまり、楽曲を提供している。岡林自身もそれまでのフォークを捨て、演歌アルバムをリリースするが、帰ってきた演歌・岡林への評価は厳しいものだった。ファンは、フォークの岡林を期待していたのだが、それを知りつつも、自分の好きな音楽を演る、という意味で岡林ほど正直な人はいないだろう。 このアルバムは岡林の家から偶然見つけたテープ音源だという。演歌アルバムを出した直後なので、曲の構成は演歌アルバムが中心となっている。 村を出てひさしぶりのコンサートで、会場には美空ひばりも来ている。終盤には美空ひばりが、岡林の要請に応えてステージに飛び入りで歌うというハプニングが収録されている。これが、本アルバムの目玉だが、岡林の声は隠棲したとは思えないくらいハリがある。 このような、時代を知るには貴重な音源が世に出るのは、ファンにすればとても嬉しいものだ。 その岡林は11月に金沢にやってくる。 |